シリアス?
(レイガとクウヤ・三人称)
「まぁったく、クウヤせんせったらまぁだ修行してるの!?」
呆れたという感情をふんだんに込めたレイガの言葉は、
当然だがクウヤには届かない。
クウヤはまたしても、3日連続で滝行の真っ最中なのだ。
そしてレイガがたたずんでいるのは同じ池でも、
クウヤが座る滝とは反対側。
足元では草が優しく生い茂り、その背後には木々が陽光に葉を広げている。
この距離では姿は見えても、声は聞こえないだろう。
「この間ヴィシュヌ様にお褒め頂いたからって…
幾らなんでもやりすぎよ!
身体を壊して、いざって時に動けなかったら元も子も無いじゃない」
手に持ったマールムの果実を口に運ぶ。
人間界で言うリンゴに似た果実は、サクッと小気味良い音を立てた。
「修行ばっかりがソーマを高める方法じゃないってのにねぇ…。
ま、ここはひとつお付き合いしましょうか」
果実を食べ終えたレイガはその芯を足で軽く地中に埋めると
ひとつ跳躍し、背後の木の枝を掴む。
特に掛け声を上げることも無く、枝の上に身体を引き上げ、
居心地の良さそうな枝ぶりを見つけて身体を伸ばす。
「ちょいとばかり、お昼寝」
そう呟くと、目を閉じた。
こうして木々の中で自分のソーマを極力抑えると、
草木や動物、空気、陽の光…あらゆる物が発するソーマを
敏感に感じ取れる。
自分とは確かに異なるソーマ。
けれども自分と根底では同質なことも、
こうしていると肌で感じられてくる。
自分に流れ込んでくる多種多様なソーマ。
生きたい、この世界が好きだと高らかに声を上げる色々な命のかけら。
その合唱にも似たソーマのハーモニーに心も身体も浸し、
かすかな、しかし美しいひとつの歌声を選び取る。
そしてゆっくりと自分も同じ歌を、ソーマを少しずつ発する。
まるで、歌を口ずさむように。
次第に二つのソーマが重なり合い、交じり合い、一つになっていく−。
「クウヤほどの男が、なぜこれに気付かないのか…。
俺たちはこの広い世界の一部、
この広い世界と俺たちは基本的には同じもの。
自分の中に閉じこもっても、そこに答えはないだろうに…」
そんな想いがふっと浮かんだが、
今日の唱和の相手とソーマを合わせる中で
「レイガ」という一人の天空人としての意識は
次第に淡く薄く霞んでいった。
一方、クウヤは外界を排除し、自分の中を見詰めていた。
これまで3日間かけて集中してきた結果、
周囲の音を掻き消す滝の轟音も、
絶え間なく肌に叩きつける冷たく激しい水流も、
もうそこには存在しなかった。
雑念を消し、それでも沸いてくる自分の意識を消し、
深く深く自分の中を降りていくと、
底のさらに下の底の奥にもう自分とはいえない、
しかし間違いなく自分と繋がっている存在が感じられる。
途切れることなく流れ、形も大きさも分からない、
巨大な木のような、山のような、海のような存在。
自分もその一部であり、そして同質であることが感じられる。
その流れに心を浸し、同じソーマをゆるゆると放つ。
「先人達はこれを無意識、または意識の集合体と名付けました。
私達はこの広大な存在の一部、
この広大な存在と私達は基本的に同じもの。
厳しい修行を積み、自分の中に降りなければ、
これに気付くことは無いでしょう。
なぜ誰も、レイガほどの男さえも、
これに目を向けようとしないのか…」
ふっとそんな思考が浮かんだが、
大いなる存在にソーマを調整する中で
一人の天空人である「クウヤ」としての意識は
次第に沈み小さく縮んでいった。
境目の無い存在と意識を同調させて、どの位経った頃だろうか。
ふいにクウヤの身体があるところからさほど離れていない所に、
小さな白い花がすべての枝を誇らしげに埋め尽くす、
満開の時を迎えた大木のソーマが出現したのが感じ取れた。
「あんなところにマールムの木など無かったはず。
先程までは、確かに気配も無かった。
一体何が起きているのか?」
身体の危機を感じて「クウヤ」としての意識が一気に覚醒し、
動揺が大いなる存在からクウヤの意識を切り離す。
半ば強制的に意識がその身体に戻った途端、
クウヤは上半身を起こしていられぬ程の衝撃を感じた。
叩きつける滝の水圧を、疲弊した身体では支えきれないのだ。
「ぐっ…」
低くうめいて足元の岩に手をつき、
なんとか体勢を立て直そうともがく。
鼻や口に水しぶきが入り込み、息をするための器官をふさぐ。
空気を吸おうと力を振り絞って頭を上げたその時、
滝のしぶきが大部分を覆う視界に、
こちらに向かって池の中を駆けてくる人影がかすかに見えた。
「まったく…クウヤせんせったら、修行するにも程があるわよ!」
滝の中でおぼれかけたクウヤを引き上げ、
肩を貸して池の中を歩かせ、反対側の草地に寝かせて
自身も腰を下ろしたところで、レイガが毒づく。
「あなた…みたいに…遊んでばかりの…人に…
言われたく…ありませんね!」
息も絶え絶えと言った風情ながら、
お定まりの文句を返すクウヤに、レイガはふっと口の端を緩める。
この調子なら、食事と睡眠をきちんと摂って休養すれば
すぐに回復するだろう。
「とはいえ…ありがとうございます、レイガ。
助かりました」
仰向けに寝転んだ姿勢のままこちらを見上げ、
礼を述べるクウヤに向かって気にするな、と手を振る。
「たまたまそこの木の上でお昼寝してたのよ。
遊び人なのもたまには役に立つでしょ?」
背後にある1本の木を指差し、クウヤにウインクしてみせる。
しかし、クウヤのいつもの呆れ返った言葉は返ってこなかった。
クウヤはレイガが指差した場所を、じっと見詰めている。
「…あの場所、ですか?
確か、満開に咲いたマールムの木が…」
と小さく口の中で呟いていたが、
その場所に1本の小さな若木が伸びていることと、
レイガの身体からかすかに香るさわやかな果実の香りに気付くと、
合点したように目を閉じた。
「怖い人ですね…。
貴方とだけは、闘いたくありませんよ、レイガ」
そうそっと告げ、かすかに微笑を浮かべる。
「………怖いのはそっちよ。
何をどれだけ知ってるんだか…。
私もあんたと闘うのだけはゴメンよ」
レイガはそう言うと同時に立ち上がり、
クウヤの脇の下に手を入れてクウヤを立たせる。
レイガのするままに身を任せ、
おとなしくレイガの肩に腕を乗せ体重を半分預けて
立ち上がったクウヤは、レイガの濡れて頭に沿った髪と
化粧の落ちた顔を真っ直ぐに見詰めた。
「…レイガ。
私達は方法こそ違えど、
同じものを目指しているのかもしれませんね」
「突然なあに?
あんたの言うことはいつも抽象的で小難しくて
分かりづらいったらありゃしないわ。
ハッキリ言いなさいよね、ハッキリ」
鼻で笑うように茶化し、クウヤの顔から目をそらしたレイガはしかし、
落ちていく夕陽に目を細めると、思い出したように再び口を開いた。
「でも、なんとなく俺もそうだと思うよ、クウヤ」
「そうですか」
レイガの言葉に納得したように目を伏せ、
クウヤは足を前に出す。
それに合わせてレイガも足を出し、いつもの調子で語りかける。
「そういえば、こないだあんたの兄弟達が見に来てたわよー」
「そうですか」
「レビちゃんって言ったっけ?女の子。
あんたに似なくて本当に良かったわよねー」
「…そうですか?」
「何よ、自分に似てるって言いたいの?」
「そう思いますが。目元とか」
「あんたの糸目とあの子のパッチリお目目じゃ全然違うじゃない!」
「…そんなことないと思いますが…」
「…あんた、鏡見たことあんの?」
軽口を交わし、天空殿に向かって歩き出した二人の背後では、
レイガが種を植えたところに伸びた若木が、
かすかな風に枝を揺らしながら鮮やかなソーマを放ち、
自身の奥深くに大いなる意識の流れを感じながら
生命と神秘に満ちた世界を讃える合唱に身をゆだねていた。
Fin
(2009.11.23)
クウヤとレイガって、親友同士のハズなのに
ウチでは全然そーゆー表現が無いなぁと思って、無い頭をひねってみました。
なんか宗教っぽく感じちゃったらゴメンなさいm(_ _)m
そーゆーつもりは無かったんだ…無能なだけなんだ…orz